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五百羅漢(大光寺) ゴヒャクラカン (ダイコウジ)

柴田町船岡の大光寺本堂裏にある、岩窟の中に安置されている五百羅漢
この石像は、船岡で疫病が流行った時、13世隆芳老興大和尚の弟子である環中同一という僧が、山にこもり経文を唱えながら刻んだもの。本堂の裏に洞窟を掘り、正面に釈迦像、左右に五百羅漢を安置して供養・祈願したところ、檀信徒の病気が治ったと言い伝えられています。
この功績もあり、環中同一和尚は、大光寺14世を勤めました。

1960年に起きたチリ地震の影響と降り続く大雨により、洞窟が一度崩れかけたため、現在はコンクリートで補強されています。
環中同一は松尾芭蕉の甥と言い伝えられており、大光寺の庭園には芭蕉の名句を刻んだ石碑が建っています。

また、大光寺には樹齢200年以上のイチョウの古木があり、町指定の天然記念物に登録されています。
このイチョウは、文政6年(1823年)に大光寺が火災に遭った際に一度は燃えてしまいましたが、同じ場所から新たな芽を出し、現在の姿まで成長しました。

【大光寺】

大光寺は柴田町で500年以上続く寺院で、柴田家の菩提寺。曹洞宗で山号を妙高山といいます。
開山は新潟県の耕雲寺4世瑚海仲珊で、戦国時代の中で一度お寺は中絶になりましたが、天文16年(1547年)に丸森町の瑞雲寺10世雲州全利が再興しました。
文政6年(1823年)の秋に火災が起き、寺宝記録等は全て焼失してしまいました。
本堂裏の階段を上がったところには、寛文事件で斬殺された柴田外記など、柴田家代々の墓があります。

名称 五百羅漢(大光寺)
所在地 宮城県柴田郡柴田町船岡南1丁目1−7
交通アクセス
駐車場
営業時間
休業日
ホームページ
問合せ先 大光寺 0224-55-1173

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